2012年12月20日

自己紹介

初めまして、地方私立大学任期付き助教、35歳(2012年12月現在)のノルマンです。

2013年3月より、アカデミックの世界から離れ民間企業に転職します。

僕がアカデミックの世界を離れ、民間に移る(逃げる?)に至った経緯などをこれから書いて行きたいと思います。

それとは別に現在の状況なども合わせてレポートしていければと思っています。

まずは簡単に僕の自己紹介から。

出身は地方国立大学です。
博士号は同じ大学同じ研究室で取得しました。
研究テーマは物理系のシミュレーションがテーマでした。

博士号取得後、研究室の先生の紹介(要はコネ)で今働いている大学の助手(任期5年)に就任しました。
この時点で僕はかなり恵まれていたと思います。

その後、任期4年目で大学制度の改革があり、助手から現在の助教へ転身しました。
任期は3年(+1年延長可)です。

助手助教での研究室における研究活動やその時感じていたこと、アカデミックポストを離れようと思った経緯は別の記事で書きたいと思います。

そして、任期をあと2年を残す時期から次の職場を探し始めました。
この時点ですでにアカデミックの世界に残る気持ちは殆ど無くなっていました。

最初の年はそれでもアカデミックポストを中心に応募していました。
それ以外に独法のポスドクも出しました。
ボスである教授からは「あなたの研究分野に関連している所は少ないから、とりあえず出せるところは全部出せ」と言われていました。
でも、ただでさえアカデミックポストに残る気持ちが無くなりつつあったのに、その上興味のない分野へ、しかも任期付きで着くなんて考えられませんでした。
それなら民間に就職して任期の無い正社員として働いた方がいいと。

なので、数少ない関連分野のポストだけに応募しました。
全部で13件でした。
でも、全て書類選考で落ちました。
理由は簡単です。業績が少なかったからです。

ファーストの論文は学生の時から数えて15報しか書いておらず、しかもそれほどインパクトファクターの高い論文ではありませんでした。共著と合わせても32報でした。(現在は少し増えています笑)

つまり年に1、2報ぐらいしか書いていませんでした。
(このペースが多いか少ないかは分野やそのペーパーの質にもよると思います。)

その時点の業績ではアカデミックの任期無しポストに就くことはできないと感じました。(最初から分かっていましたが笑)。

そして、最後の任期の年は、民間を中心に探すことにしました。

といっても、転職エージェントなどは、あまりいい話を聞かないので利用するのはやめました。

また、コネに頼るのもやめました。
というのは、コネで入社すると入社後の立場が悪くなると思ったからです。

別に転職エージェントとかコネを否定するわけではありません。

ただ、散々アカデミックのぬるま湯の世界で甘えて来た挙句、他人に頼って仕事を探すのは甘いと自分を戒める気持ちが強かったからです。

元々今のラボもコネで入ったようなものだから、全く研究もせず論文も書かない現ラボの教授に対して毅然とした態度で接することができなかったのです。

もうこのような肩身の狭い思いをしたくない!
だから転職先はだれにも頼らずに自分で決めたかったのです。

とは言っても、やはり最初は身近なところから攻めてしまいました笑

現在共同研究をしている民間企業にまずはお願いしてみました。
この企業は学会発表で僕の研究発表を聞いて興味を持ってくれた企業で、1年程共同研究を行っていました。

結果は「無理」でした。
先方も「可能であれば弊社に来ていただき引き続き共同研究をしたいが、このような転職の例は過去にないので、検討のしようが無い」とのことでした。

その後、中途採用をしている企業数件に応募するも、書類選考で落ち続けました。
理由は「ご専門の研究内容と業務内容が一致していない」ことでした。
また物理系のシミュレーションを研究部門で持っている企業はほとんどが大企業で、電話等で問い合わせても、その部門で中途採用をしているところはほぼ皆無でした。

そんなこんなで、12月になっても転職先が決まらず、心理的にも相当不安になってきました。

実は、最悪の事態を憂慮して現ラボの教授が任期が切れてから1年間であれば特別研究員という肩書で雇ってもいい、と言っていたのですが、給料はバイトをしないと生活していけないぐらい低いし、何より今の教授の下にいても何も学べません。1年間席をつないでも次が見つかるとも思えません。

この時点で、もう応募候補の企業は一つしか残っていませんでした。
この企業は業務内容は物理化学系だったので、自分のこれまでのスキルや経験が生かせる所でした。
なので、最後のチャンスでした。

とりあえず履歴書や職務経歴書、業績書など改めて書きなおし、後悔のないように何度も見直して作成し提出しました。

すると、すぐに書類選考が通ったので面接に来てほしい、との連絡が来ました。

連絡から面接まで一週間あったのですが、その一週間、不安と緊張で全く眠れませんでした。

「もし、この面接で失敗したら、僕の人生は終わる・・・」

両親や彼女の顔が浮かびました。

両親には全ての経緯を話していましたが、彼女には「転職を考えている」としか言っていなかったのです。

つまり、彼女は僕が来年の4月から任期が切れて給料が激減することは話していなかったのです。
というか、怖くて話せませんでした笑
本当のこと言ったら、ふられるんだろうなとか・・・。
ホント、最低ですよね・・・。

そんなことも考えながら、相手先の企業のことも可能な限り研究し、自己アピールや志望動機、研究テーマの説明から想定質問への回答まで、頭の中で何度もシミュレーションしました。

そして面接当日。

面接は一回だけなので、社長、副社長をはじめ技術部門の責任者から人事まで、全部で6名の前で面接を行いました。

部屋に入った時、吐きそうになりました。
面接中も嗚咽が漏れるのを必死で耐えていました。

でも、可能な限り受け答えし、自分の熱意を伝えました。
(面接の中で、「来年の3月で任期が切れます」と言ったら、社長が「若手のポストのほとんどが任期付きなのに、教授連中は任期もなくてふんぞり返ってるんだからおかしな話だ」とおっしゃっていたのが印象的でした笑)

面接が終わってから別室で待たされたのですが、しばらくして人事部長の方がやってきて、

「とりあえず、ノルマンさんを採用することに決まりました。」

と。

(え?まじで?)

その後、人事部長の方と雑談したり今後のことについて色々話したりしているうちに、緊張も解けてきて、

「俺は、この会社でこれから働くんだ。今までのようなぬるま湯の世界からやっと解放される。この会社のために死ぬ気で一生懸命頑張って行こう!」

と気持ちを引き締めた次第です。


とまあ、こんな具合に僕はアカデミックの世界から逃げ出したわけですが、同じように将来への不安を抱えながら研究をしている任期付きポスドクや助教の方もたくさんいると思います。

そんな方々へ、僕が「任期付き助教」の職で経験してきたことをぜひ伝えたいと思い、このブログを立ち上げました。

僕は所詮負け犬研究者です。

諦めて逃げた奴は何を言っても負け惜しみでしかないのかもしれませんが、このブログを読んで、アカデミックポストの現状について少しでも何か考えていただければ幸いです。


posted by ノルマン at 17:50| Comment(2) | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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