2012年12月22日

恥ずかしいですがアカデミックポストを諦めて転職を決めた本音を言います

これまで偉そうに色々書いてきました。
何度も言いますが、僕は研究者としては負け犬だし、研究者を名乗る資格さえないと思います。

前の記事で転職理由をいくつか述べました。

もちろん、これは転職を決めた最大の理由であることは間違いありません。

ですが、本音を言うともっと醜い理由も出てきます。

ただ言いわけに聞こえるかもしれませんが、転職した方がそのままアカデミックの世界に居座り続けるよりも自分の研究者としてもスキルがアップすると思ったからです。

やはりアカデミックの世界は大半ぬるま湯です。

任期付きとはいえ、論文もろくに書かず、たいして高度な研究をしなくても高い給料もらっているポスドクや任期付き助教は腐るほどいます。

僕は自己紹介に書いたように、最初の4年間は私大の助手として着任しました。その当時の助手は授業は担当できない立場だったので、研究以外の業務は学生実験の指導、講義のアシスタント、そして研究室の雑用(教授の雑務の手伝いや卒研指導など)でした。

そして、そんな大した仕事でもないのに、ぶっちゃけた話し、給料は年収600万円ぐらいもらってました。

当時も今でも思うのですが、正直もらいすぎです。ふざけてます。

その後、新しい大学制度の導入で助教になり、授業も担当することになりました。
いわゆる任期付き助教になったわけですが、給料は激減し年収400万程度になりました。
僕は、それでも仕事の割にもらい過ぎだと思っています。これは本音です。

ちなみに任期付き助教の場合、授業なんて年間2コマしか担当しません。

さらに、これがパーマネント助教になると、給料は助手の時と同じく年収600万ぐらいです。
ところが、授業は年間4コマしか担当しません。

これが教授になると一気に倍以上に年収が跳ね上がるわけですが、それでも授業は年間6〜8コマ程度です。(うちの大学は大学院の講義もあったので多めですが、大学院の講義なんて有って無いようなものです)。

教授はそれ以外に教授会が週に一回程度あるのだと思います。

それでももらいすぎですよね?

まあ企業で教授ぐらいの年齢の人はもっと貰っているのでしょうから、本人たちは少ないと思っているのでしょうけど。。。

まあ、給料の話しは置いておいて、たいして業務も無いのに給料だけはべらぼうに高いのがポスドクや助教なのです。(ポスドクも助教と似たようなものです)。

それなのに、中には論文もろくに書かずにのんびり過ごしている研究者のなんと多いことか!

そんなことを言っても始まりませんが、僕自身、こんなぬるま湯の世界から早く脱出したかったし、見通しの立たない助教への不安から転職を決意したわけです。

これは本当に本当です。

ただ、「このままうだつの上がらない任期付き助教やポスドクを渡り歩くなんて、恥ずかしくて世間に顔向けできない」というのが本音でした。

確かに、「大学で助教をしている」と他人に話すと「スゴいですね!」とビックリされます。

僕はそれが物凄く嫌でした。
親戚は僕が大学の教員になったことに対し、「親戚から博士様が出て鼻が高い」と言われてしまい、世間が考えていることと現実との間に大きなギャップがあることに愕然としました。

なるべく他人には自分が大学の教員であることを伏せていました。
時には、大学の事務職だと嘘をついたこともあります。
両親には「俺を過大評価するな」と常に言い続けました。
姉からは「30過ぎたいい大人が将来が定まらないなんて、いつまで親に心配を掛けるつもりだ!」と罵られました。

物凄く反感を買うのを承知で言いますが、任期付きの助教なんて派遣と大して変わりません。

能力があればある程度長期にわたって更新できたり同じ業種で働ける派遣の人の方がよっぽど立派です。
(派遣を引き合いに出してしまい、本当に申し訳ないです。)

僕はどうしても胸を張って「大学の助教だ」と言えずにいました。

事情に詳しい友人に「助教って任期とかないの?」と言われた時は、適当に話をそらしてごまかしたものです。

多分、どんなにたくさん論文を書いていようが自分の研究に自信があろうが、この「恥ずかしい」という気持ちは変わらなかったと思います。

そして、本当に恥ずかしいことを隠さずぶっちゃけますが、僕は29歳まで童貞でした笑

もうすぐ30歳の誕生日になろうとした時に、妙に焦りを感じてしまいました。

大学の助教なんてやってても、女にモテないし、30になっても童貞なんて洒落にならない。
俺はダメ人間だ。存在している価値が無い、なんて思ったこともありました。

で、結局30歳の誕生日になる直前に風俗に行って筆おろししてもらったのです。

このことは本当に人生の汚点です。
初体験も全然気持ちよくなかったし、終わった後に虚しさだけが残りました。

自分は世間から見たらゴミクズ以下だと認識し、このままじゃいけないと真人間になろうとしました。

普通の人間らしくオシャレをしたり、友達と遊びに行ったり、やりたかった趣味を始めたり、研究以外でたくさんの人や環境と触れあうようにしました。自然と出会いも増え、彼女もでき別れも経験しました。

そうやって、ごく当たり前に普通の人間としての生活をしている内に、このままアカデミックの世界にい続けて自分は幸せになれるのだろうか?好きな人を、家族を大事にできるだろうか?と考えるようになりました。

それでも、自分のしたい仕事は研究であることは変わりませんでした。

プライベートの生活が満たされるにつれて、真剣にこれからの自分の研究人生を考えるようになり、その結果、以前の記事に書いた転職理由に至ったのです。

僕は情けない人間です。

結局自分を変えるには環境を変えるしかない。

そのままアカデミックのぬるま湯の環境にいたら自分がダメになる。

かと言って、以前の記事に書いた阪大の小川先生のポスドクメモにあるような厳しい世界に任期付きと言う立場で身を置くこともできなければ、博士過程に入りなおして一からやり直す気持ちにもなれませんでした。

つまり、この時点でアカデミックの研究者として生きて行く資格がないことに気がついたのです。

このブログを読んでいる皆さんは、こんなダメ人間の僕なんかよりも、もっと立派でしっかりとした研究人生を歩んでいると思います。

ただ、僕自身、色々悩んで今の自分になれたことに後悔はありません。

もう昔のような惨めな自分に戻るのは御免です。

もし、将来が不安で悩んでいるポスドクや任期付きポストの人がいましたら、こんな馬鹿な奴もいるんだと、でもこんな奴でも転職に成功したんだから、自分ならもっとうまくいくんじゃないかと思ってみてください。

とんだ恥さらしの記事になってしまい、不快に思われた方がいましたらご容赦ください。



posted by ノルマン at 05:10| Comment(11) | 転職理由 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月21日

アカデミックポストを諦めた理由

アカデミックポストを諦めて民間に転職した35歳(2012.12現在)の任期付き大学助教です。

結局のところ僕は任期無しのアカデミックポストを諦めた負け犬です。
なので、これから書く諦めた理由も当然負け犬の情けない理由です。

ただ、これだけポスドクや任期付きポストであふれ返っている若手の世界で、僕と同じような境遇の人はたくさんいると思うのです。

もちろん思う所は人それぞれだと思います。
僕と同じように自分のふがいなさを受け入れ悩んでいる人もいれば、自分がふがいないのを周りのせいにして逃げている人もいるし、一発逆転を狙って頑張っている人もいると思います。中には次のポストも上司が用意してくれるから安心とマイペースに過ごしている人もいることでしょう。

ただ、ゆるぎない真実として、「研究の世界は甘くない。厳しいものだ」ということです。
当たり前のことだと思うかもしれませんが、現実問題としてその厳しさをしっかり認識していない人はかなり多いのではないでしょうか?

最近、以下のページを見つけました。
大阪大学大学院理学研究科物理学専攻の小川哲生教授の研究室のページです。
「ポスドクJST研究員へのメモ」

僕は小川先生とは全く面識もなければ研究分野も全く違います。
なので、勝手にここに掲載するのは大変失礼だと重々承知です。

でも、これぐらいポスドクや任期付き助教の世界は厳しいものであるべきだと思います。
自分のようにぬるま湯に使ってだらだらと過ごしてしまった者にとっては耳の痛い内容です。
というか、もっと早く気が付きたかった。
思えば学生時代からぬるま湯につかりきっていた自分にとって研究室選びがいかに重要かを思い知らされました。やっぱり学生の時から高いマインドを持っていない人は研究の世界に入るべきではないのかもしれません。

小川先生の研究室のHPに以下の記述があります。

---以下抜粋---
次のような希望や予定を持っている人は,小川研究室の大学院教育理念と噛み合わない点もありますので,進学を慎重に検討し直してください(断念しなさいと言っているのではありません)。

・修士2年間だけでそこそこの修士論文をまとめ,修士号の学位が欲しいだけの人
・修士課程修了後,企業等に就職して,研究職でない仕事をする計画の人
・大学院で,さらに深く,納得のいくまで勉強したい(だけの)人

最初の2つは,小川研究室の教育目標とは明らかに異なります。3番目は意外かも知れませんが,きわめて重要です。研究者になるための第一歩は,「研究とは何か」を自分なりに明らかにして自覚することです。しばしば,「勉強」と「研究」を混同している人がいますが,質的にまったく異なる作業だと小川は考えています。この違いを修士課程2年間で納得させることが,小川研究室の大学院教育の大前提です。
勉強,勉強などと大声で言わずとも,勉強は,(研究者であるならば誰もが)当たり前のように,自発的に,死ぬまで,毎日行っていることです。

---以上---

僕はまさしくこの3番目の考え方の学生でした。
というか、修士進学にいたっては「みんな修士行くから俺も行く」みたいな甘ちゃんな考え方で進学してしまいました。今考えると相当あさはかだった。戻れるものなら戻りたいです。今の考え方なら死ぬ気で研究しただろうし、研究室もより厳しい指導のある研究室を選んだと思います。(研究室選びを重要視する時点で他力本願なのかもしれませんが・・・)。

と話しが脱線しましたが、結局僕がアカデミックポストを諦めた理由は次の3つが主な理由です。

@業績が少ない上に、研究内容も世界の第一線で活躍できるような内容ではなかった
Aところが現実、業績も少なく大した研究内容でもないのにアカデミックポストについている人がたくさんいる。逆に素晴らしい業績を持っていても任期付きポストを転々としている人がたくさんいる。
B科研費取得基準の曖昧さ(業績が少なく研究内容のレベルが低くても、政治力で獲得している人がたくさんいる)

です。

もちろん最大の理由は@です。
ただ、AやBは研究をこの先やっていく気力をかなり低下させます。
一生懸命やっても報われないかもしれないのですから。
小川先生のポスドクメモにもあるように、短いスパンで一流の研究内容で論文を執筆し、次のポストを自分の力で獲得する能力とバイタリティのある人がアカデミックの世界で活躍していくべきなのです。

でも、現実はそうじゃない。
何が基準なのか分からずしっかり研究成果を出していても任期無しのポストは得られない。
失敗したら自己責任。
アカデミックの世界から離れると、高学歴でプライドが高く、社会経験がない未熟者呼ばわりされ、研究の世界を諦めた負け犬だと思われる。

こんな不安定な世界にい続けることに不安を感じ、僕は逃げだしました。

笑われても構いません。

ただ、僕は十分自分のふがいなさを反省している。
反省なら誰でもできるけど、この失敗をばねにこれから厳しい社会で頑張っていく決意ができました。
もう二度と同じ過ちは繰り返さない決意。
7年間(大学院時代を入れれば12年間)で僕に残ったものはこの決意だけです。


posted by ノルマン at 15:55| Comment(0) | 転職理由 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。