2012年12月26日

任期付き助教の転職〜助教時代

僕は博士課程修了後、出身ラボのボスの紹介で地方私大に助手として着任し現在に至ります。(途中、大学制度の変化により立場は助教になりました。)

僕の大学はいわゆるFラン大学で、文系理系問わず学生は大卒の資格が欲しいだけで、大学に遊びに来ているだけの人がほとんどです。

学部の教員の構成は教授が最も人数が多く、准教授、講師が最も人数が少なく、助教・助手がそれなりにいる、感じです。

そして、助教は任期無しの人と任期付きの人がいて、任期無しの助教のほとんどがいわゆる万年助教です。
助教制度導入時に任期付きの助教は助手時代よりも年収が200万近く下がりましたが、任期無し助教は任期ありの助教より担当講義が年2つ多いだけで業務内容は全く変わりません。

それでも、年に講義は2つしか担当せず、他に学生実験や卒業研究を指導する程度で年収400万ぐらいもらえるので、世間から見たら楽な仕事です。(任期無しの助教なんて担当講義が2つ増えただけで年収600万もらえるのだから、ふざけてますよね)。

まあ、年収の話はさておき、こんなFラン大学の教員がどれだけ研究をやっているかお話します。

まず、他人のことを言う前に自分のことを最初に言わないとですよね。

僕ははっきり言って負け犬研究者です。なので業績もかなり少ないです。

まず論文ですが、年に2報はコンスタントに書きました。
僕の研究テーマはシミュレーションだったのですが、所属していたのが実験系の研究室だったので計算するためのコンピューター環境が整わず、結果が出るのに数ヶ月かかってしまうのが悩みでした。

それ以外にラボの前助手(現地方国立大准教授)のテーマを引き継いで実験結果のデータ解析法の開発も行うため、実験も行いました。

ただその研究を続けることは辞めました。それは、

・ラボの前助手が考案したデータ解析法がどう考えてもインチキだったこと
・解析用プログラムもバグだらけだったこと
・前助手はそんな間違いだらけのデータで論文を重投稿しまくっているのに分野の研究者たちはそのことに気がつかない(または気づいても目をつぶっている)

など、このテーマで論文を書くことは、自分の実績に泥を塗ることになると判断したからです。

ただ、有難いことに前助手は論文を書くと共著者に僕の名前も入れてくれたので業績だけは増えました笑

他に、前ラボの教授(学生時代の指導教官)も論文を書くと僕を共著者に入れてくれたので大変ありがたかったです。

そんなわけで、外見上業績だけは普通にありました。

でも、実際は年2報程度しか論文を書いていなかったので、任期無しのアカデミックのポストに就くのはほぼ不可能な業績でした。

では、僕以外の教員の実績はどうだったのでしょうか?

まず、教授陣です。

僕のラボの教授は研究も論文も学生指導も一切やらない人でしたので、もちろん僕のいた7年間で論文数はゼロです。というか、この教授、僕が調べた限りでは生涯実績でもファーストの論文は10報もないのではないでしょうか?(この教授のことに関しては別記事でいずれ述べたいと思います)

他の研究室の教授も自分がファーストの論文をコンスタントに書いている人はほとんどいません。
ただ、学科に2人ほど業績の素晴らしい教授の先生がいらっしゃいました。
もちろん、毎年論文をコンスタントに書いているし、様々な賞を受賞されていました。

大学の教員は外部資金を獲得することが義務なわけですが、この2人がいなかったらうちの学科の予算獲得は相当困難だったと思います。
当然数少ない優秀な学生はそういう教授の研究室に集まりますから、他研究室にはその残りかすのような低レベルな学生しかきません。
うちの研究室はその最たるもので、中にはうちの研究室に所属が決まると泣いて嫌がった学生もいたそうです笑

准教授や講師も似たようなもので、コンスタントに論文を書いている人はほとんどいません。

助教はさすがにそこまでていたらくでは無かったですが、それでもコンスタントに論文を書いている助教は少なかったです。

万年助教はもちろんほとんど論文なんて書いてません。中にはもう10年近くファーストの論文を書いていない助教もいれば、業績の所に恥ずかしげもなく「国内学会発表」をズラズラ書いている人もいました笑

任期付き助教はさすがに皆さんコンスタントに論文を書いていましたが、それでも年に1〜2報の人が多かったです。

と言った感じで、うちの大学は本当に酷い有様でした。僕も含めて笑

ちなみに僕以外の助教で大体僕と同時期に着任した人達のその後ですが、任期無しポストへ着けた人はいません。

大抵は同じく任期付きの助教や講師、民間へ転職しています。

ただ、不思議なのは、その中には科研費を獲得している人も割といたということです。
科研費を獲得できるぐらいの研究能力があったのに、任期無しのポストには誰もつけなかったのです。
科研費の話しも別記事でしたいのですが、おそらく科研費を獲得したことはもはや業績としては当たり前、もしくは意味がないのかもしれませんね。

というか、科研費獲得の基準自体が曖昧で、論文を一報も書かなくても獲得できるし、成果報告に発表論文が皆無でもOKなんですから酷い話です。

仕事内容に見合わない高額な給料が支払われ、プロジェクトによっては大した業績が無くても科研費が獲得できてしまったら、そりゃ強気にもなります。

これまで、オーバードクター問題、ポスドク問題等、色々叫ばれており、大抵は文科省の大学院政策に問題があった、と文科省の責任にされがちですが、僕はそうは思いません。

アカデミックポストへの業務に見合わない高額な報酬の支払い、業績や実績が無い研究者に科研費を出してしまう基準のあいまいさ、そして研究成果が出なくても科研費を返還しなくてもいい制度の甘さ、など、研究者のぬるま湯体制に問題があると思います。こんなぬるま湯環境に浸かっていたら、そりゃみんな自分は大丈夫だと勘違いしますよね汗

その点、早めに見切りをつけられて僕は運が良かったです。

というのは、現ラボの研究分野は国内では企業の研究者の割合が非常に大きく、逆に大学関係の研究者は数えるぐらいしかおらず、企業の研究者との接点が多かったことがアカデミックの世界の甘さを気づかせてくれた最大の理由でもあります。

よく、「企業は利益優先で、役に立たない基礎研究にお金はかけない。基礎研究を行うのは大学研究の役割だ」と言われます。

でも、それは間違いです。何故企業の研究者はこのことに異を唱えないのか不思議です。

企業こそ、基礎研究を大事にし、その上で実用的な技術開発を行っているのです。

もちろん詳細は企業秘密なので明かされることはありません。
でも、企業の研究者とディスカッションしていると、基礎研究もしっかり行っていることが分かるのです。

むしろ、基礎をないがしろにして目先の成果に飛びついているのは大学の研究者の方です。
企業は企業で基礎研究をしっかり行い自分たちの技術でできる研究は全て行っています。
大学の研究者が入る余地なんてないぐらい自分たちの技術を深く追求しています。
そして、企業の研究者の方々はもっとグローバルに物事を考えており、世界との競争を意識し、危機感を持って研究を行っているのです。
このような意識を大学の研究者が持っているでしょうか?

「大学研究は、焦らずじっくり一つのテーマに集中できるのが良い。そこにそんな競争原理を持ち込んだら大学研究が崩壊する」

と言う人もいます。そういう人に限って現在の任期制ポストやポスドク問題を非難し、その原因を文科省のせいにします。

だったら、もっと優秀な人材のみをアカデミックの世界に進ませる仕組みを作ったり、科研費採択の基準を明確化かつ厳密化し、任期制を導入するなら業績や研究能力に見合った報酬や更新を行うべきなのです。

そうすれば僕達のような無能な研究者は生まれないし、ドロップアウトする人数ももっと減らせるはずなのです。

まあ、そんなことを言っている自分も他人任せなわけですが笑



posted by ノルマン at 16:06| Comment(2) | 任期付き助教時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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